拈華微笑 南無父母不二佛

何でも仏教徒として思いついたことを書きます

三宝の四恩

以下はすべて転載である。
全生庵殿鉄舟高歩大居士の言葉だけを太字で示す。



当HPは、武士道とは何ぞや?を考える事を目的としている。



しかし、現代人である我々がグダグダ考えても、所詮は武家文化の中にない人間の考える事。推測の域を出まい。


当HPの扱う時代は江戸中期頃としてあるが、実際武士をやってた人の意見を聞けるのであれば、これはもう幕末の人だろうが、我々が想像でモノを言うよりマシだろう。という事で、幕末の人であるが、山岡鉄舟さんの言行録の中から「四恩」を抜粋して紹介してみよう。
   
   
山岡の武士道は、仏教の理より汲んだものである。
それも、その教理が真に人間の道を教え尽くされているからであるという。


まず、世人が人を教えるに、忠・仁・義・礼・智・信とか、節義・勇武・廉恥とか、或いは、剛勇・廉潔・慈悲・節操・礼譲など、言い様は様々であるが、これらを実践躬行する人を、一般に武士道を守る人というが、山岡もこれには同意であるとして、自分には尚、人に自信するところがあるという。


「人の、此の世の中に処するには、必ず大道を履行しなければならない。故に其の淵源を理解しなければならない。
其の道の淵源を知らんと欲せば、無我の境に入り、真理を理解し開悟せよ。
此処に於いて初めて無我の無我である事を悟るであろう。
これを覚悟すれば、恐らく四恩の鴻徳を奉謝する事に躊躇しないであろう。
これより武士道の要素であり震源である四恩の大要を物語るであろう。」


 


一、父母の恩


老幼男女の区別なく、各自で発現本所に立ち返ってみるがよい。
各自の体はみなこれ父母の遺体であって、しいて「我」なるものはない。


我々の体は皆総て父母の骨肉の分子である。


今もしこれを父母に返還してしまったならば、更に一物も「我」というべきもののある道理がない。


このように道理をわきまえてくれば、我が体は全部「我」のものでないという事が明瞭ではないか。


このようにしてようやく発育したのは、父母の恩愛の結合物であって、その結合物の活動するもの、すなわちこれが各自の体である。


故にその父母の恩愛の慈悲精神を除き去れば、只一つに「我」というもののあることはない。これがすなわち無我の真理ではないか。


このように論じくれば、各自が体、皮肉、支節、髪膚は今此処に一個として発現しておるも、深く其の理を窮めれば、これは皆、あげて父母身体の遺物と自覚するであろう。


各自この理を悟るならば、深く無我の理を悟り、父母の鴻恩を思えよ。実に広大無辺ではないか。


これらを悟ったならば、我が心身は常に父母の心身と覚悟し、決して他念があってはならない。これがすなわち武士道の発現である。これがすなわち転地道徳の根源である。人の大道である。


それゆえに我と父母とは別体の如くであるが、同心である。


この様にして同心一体の情をなして、共に共に現世を送るべきである。


これを名づけて父母の恩愛を奉謝するといわれている。


これをすなわち武士道と申す。


   
   
二、衆生の恩


我々の社会の状態を見られよ。
家族相寄り、僕従相集まり、互いに相愛する情により一家となり、一村、一郡、一国に及び、遂に広く東西万国に至るまで、たれか相助け、相頼むの因縁を持たないものは無い。


よくよくその相関連するところの情理を考究すれば、一人の一挙手一投足の所作も、その及ぼすところの影響は、世界東西に広がる事明瞭なる事である。


これらは既に今日の社会学などの証明するところである。


まずこのような因縁ある事を思えば、今自信と父母、親類家財を保持して、現世に安住するいわれは無始より以来、無量の一切衆生相寄り助け、共に愛護して、或いは父母となり、或いは子となってもって済世をまっとうするものである。


もし一切衆生が無いならば、例え一家であっても成立しないであろう。


親子何によって安穏を得るであろうか。


国家何によって成立することを得るであろうか。


この様にこの理を窮めくれば、兄弟・姉妹・親類・友達・僕婢・禽獣に至るまで、一切の有情(生類)は皆残らず父母の思いをなして、これに慈悲報恩の思いを忘れてはならない。


だから六道(天人、人間、畜生、阿修羅、餓鬼、地獄)の衆生は、皆これは我が父母と思わねばならぬ。


もし父母にして前生(前世)に我を教える事がなかったならば、どうして我今人間界に生を受けた善因を得る事が出来たろうか。


必ず三途に迷うて今日あるを得ず、我今父母の子となって前果福祉を持つ事を得たのは、全く前生宿善の因縁であって、これは即ち父母所生の恩、一切衆生の恩顧によっているのである。


この理を了解して常々衆生縁の慈悲をもって、一切衆生の恩顧なる事を心得て、報恩利斉の義を務めなければならぬ。


   
   
三、国王の恩


国王の恩について説明しようというについては、我ら日本人の最も耳を傾けて謹聴しなければならないところである。
然るに拙者が四恩という事を武士道の前提に説いておく事は、武士道発現の要素であるから、いずれも先ず、そのごく大要だけを示し置くのである。


鉄太郎謹んで釈尊の御説法を拝聴するに、一切の衆生「国王を以って根本と為す」事、恰もこれは殿堂の柱の様だとある。


一切衆生の善因は国王によって成立すべきものである。


もし国王の保護、恩愛がなかったならば、一切の善果は成立する事が出来ない。


況して一切の善王は前世既に菩薩の三聚浄戒を受持し給い、一切衆生を憐愛せられ給いし三世因果の功徳によって、その原因の果実として今この国王の尊報を得させ給いしものであると述べてある。


ああ、尊く畏れ多き次第ではないか。


この様な至尊の理を弁えたならば、我々如き悪世界の凡人、誰か帝王の尊厳を忘れて私利を欲しい儘にする事が出来ようか。


是非とも帝王を尊敬して報恩の誠意を尽くさねばならぬ。


況して我が本朝の如きは、畏れ多くも皇祖皇宗は遠く神代に於いて、万姓の開始であらせられ、偕に日本民族の始宗、即ち祖宗であるので、我々日本民族は元より、忠孝二途の別なくして天壌無窮の神宣を信奉して、皇運を扶翼し古往今来幾千万年億兆心を一つにして死ぬるとも二心であってはならない。


これは我が国体の精華にして、日本武士道の淵源実にここにあり、日本民族の方針実にここにあるのである。


   
   
四、三宝(仏・法・僧)の恩


扨、以上説明したとおり、父母その他一切衆生及び国王の宏恩である事は、言語上の理屈だけは幾らか承知せられた事と思う。
然るにそれら諸理屈はどこから来るか、これが大切である。


この道理を教示し給いしお方は誰であろうか。即ちそれは三宝である。


三宝とは、一つには仏、二には法、三には僧、しかして最も武士道の発現地は法(真理)である。


法は諸仏能生の母で、諸仏の師とし給うところで、其の理の広大なる事は、凡俗輩が容易に領得する事の得難い道である。無色、無形にしてまた容易に知るところでない。


然れども、天地に満ちて塞がらず、言行の間にあって休まず、天道といい、真如と称え、真如実相と名付け、法性、心性、仏性と名付けるのである。


よってこれに随順奉行するのを至善ともいい、道徳とも称えるのである。


下には父母、親類、その他一切衆生の恩を受け、上には国王の宏恩によってこの世に存在すると雖も、もし内に生まれながらに持った仏性を開発して、外に十善の正道を教示し給うものがなかったならば、ただ禽獣と差別する事は出来ない。


このような有様では、何によって安心立命の大盤を求める事が出来ようか。


然るに我等は、幸いにも仏教流布の国に生まれ、三世因果、善悪応報の欺く事の出来ない教理を被る事を得て、家庭に、国家に、社会に、吉凶の典礼、交際の信義、千載伝わって国風をなし、上下敬愛、慈悲道徳のいたって重要なる事を知り、強慾・私情の恥ずべき事を悟り、貪・瞋・痴の三毒は身を焦がす熱火であり、小慾知足は家を富ますの福音なる事を信じ、父祖の遺伝、応化作用により、諸般の節義・感情・風俗をなして習慣を作った事、悉く仏教の教理薫陶の賜でないものはない。


三宝の如きは、凡俗輩の了解に苦しむものであるが、まず手近く論ずれば、己の心は心そのものの生まれつきで、他に求めるべきものではない。


一切の衆生は等しく用足りて、欠陥がないとはいっても、無始無明の妄想にとり憑かれてこれを理解しないので、諸仏、菩薩、諸天、善神即ち皇祖、皇宗大神その他八百万神は、正しくこの理を覚悟し給い、我等凡俗の為、百方力を尽くさせ給い、其の方便道をもって種々の形像を表し、諸種の言語をもって、三毒五慾を除き、無我の真理を開示し給い、忠孝仁義の事瞬時も忘れてはならない事を教示し給うた。


見られよ。世人が神と尊び、仏と敬う尊称はただその形の上の称号にて、その実体に至っては神仏一体一貫の道である。そうして今日の我等凡人は諸神諸仏の作り給うた慈悲深恩の内に恵みを受ける事、此処に幾千年であるか。そうして東方君子国の威名を保ち、現に我が国民が世界に闊歩しても恥じない理由は、即ちこれが為である。


我々は深くこの教理に向かって感謝の意を表すると共に、厚く三宝を尊信して、遍く法界の衆生にこの教益の恩沢を施す様心掛けねばならない。


これが即ち日本武士道の発覚所である。また発達地でもある。


なんと由来の深遠広大なものではないか。このような道理がなお理解せられないという連中を見れば、拙者は一層不憫でならない。実に憐れむべきものと思われてならない。


   
   
という訳である。
言行録の他の箇所を読んで見ても、この「四恩」程纏めあげられた武士道論はない様である。まあ、紙面(?)の関係もあって、引用はこの程度にしておくが。


仮に他の部分の引用をしたとしても、どうもこの鉄舟さんの思想は、かなりな尊王思想に偏っており、読んでいっても、「ちょっとそれは武士道とは関係無くて、只単に武士道の話に託けて天皇万歳と、世間に対する愚痴を喋ってるだけなんじゃねえんか。」という疑いが頭を擡げてきそうな話ばっかりである。


とか思っていると、上述の如く「この話の分からん奴は不憫な奴」「実に物知らずだから、拙者が漸次説き伏せよう。」とか怒られるのである。


因みに鉄舟さんがそういう人を説き伏せた逸話は載っていない。


総体、鉄舟の武士道観は、「皇室を中心としてわが国に発達した特殊道徳」であるといってよい。


それはある意味間違いではないのだろう。しかし、常朝「葉隠」の様に「奉公奉公」と二言目には言うタイプの武士道論とは全く趣を異にする。


この言行録を古本屋から買ってきて、再び世に出したこの本の著者も
「鉄舟の武士道も、もし学問的な、思想史的な研究書として見ようとするなら、寧ろ欠点だらけであり、ナンセンスでさえあろう。」
としながらも、
「『旧武士』を脱皮して『新しい武士』として生まれ変わろうとする、其の思索の過程の記録として見るならば、これほど貴重な文献はまたとない。」
と言っている。


ところでこの本は、鉄舟言行録の章毎の末尾に、「勝海舟評論」というのが付いている。


鉄舟の言動に対して、海舟がイチイチ評論するのだが、勿論海舟が鉄舟の言動に反論する事など皆無である。
寧ろベタ誉めと言って良い。


海舟は、鉄舟とほぼ同等の価値観を持っていたと判断して差し支えないものと思われる。
(同書には「鉄舟と海舟の武士道観の違い」と題して、頑固な鉄舟の武士道と、流動的な海舟の武士道の違いを挙げてはいるが。)


一方、鉄舟と西郷南州が互いを人物として評価し、またプライベートでも付き合いがないではなかった事は知られている。


無論海舟も、南州の事をベタ誉めしているのは言うを俟たない。


この三人は従って、当時「武士として斯くあるべき」という理想に於いてほぼ一致していたのだろう。


んで、その一角の海舟が、福沢諭吉の事をけなしている箇所があるのが面白い。


一方で幕末の英雄的扱いを受けた人間が、現在一万円札の顔にもなっている、超人気者の福沢さんをけなす・・・。


一種爽快感をも覚えるこうした言動を読めるのも、この言行録の面白いところである。


                                              (了)

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