父と夢で逢えて語り合えた一月二十三日朝
三十七年前父が亡くなって以来去年母が亡くなる日まで父のことを思わぬ日は一日もなかったが、
夢でも幽霊でもいいから逢いたいと思い続けてきた父の夢を見たことは三十七年間でほんの数回しかなく、
しかもその数回も殆ど父の姿を遠くから見るだけで手を取り合って語り合ったことがなかった。
去年母が亡くなってからは父のことをスッカリ忘れて毎日毎日母のことだけを思い続けて
毎日のように母の夢を見て涙そうそうの日が続いていたが、
今日の朝すっかり忘れていた若き日の父と思いがけず夢で会って、
父の温かい腕に子どもの時のようにすがりつきながら子どもの私が父と笑顔で語り合うことができたことは、
去年からみなしごになった私にとって筆舌不傳の無上の悦びを享けた、
まさに不立文字阿吽の「僥倖」と云う他無い有難きご縁です。
現し世で父を思うときいつも涙そうそうであったわたくしが、
一滴の涙も流さず心の底から父との再会を笑顔で楽しむことができたことが、
前世現世来世の三世に度ってまたとないほんとうの僥倖すなわち、
全身全霊無我の空から菩提心が発生する不二の大慈大悲仏法不可思議慈恵法悦であろうか。
南無三宝南無父母不二佛
南無父母恩重経
合掌投地九拝