仏教聖典第237版なかま第三章 仏国土の建設
第三章 仏国土の建設
第一節 むつみあうなかま
一、広い暗黒の野原がある。何の光もささない。そこには無数の生物がうようよしている。
しかも暗黒のために互いに知ることがなく、めいめいひとりぼっちで、さびしさにおののきながらうごめいている。いかにも哀れな有様である。
そこへ急に光がさしてきた。すぐれた人が不意に現われ、手に大きなたいまつをふりかざしている。真暗闇の野原が一度に明るい野原となった。
すると、今まで闇を探ってうごめいていた生物立ち上がってあたりを見渡し、まわりに自分と同じものが沢山いることに気がつき、驚いて喜びの声をあげながら、互いに走り寄って抱きあい、にぎやかに語りあい、喜びあった。
いまこの野原というのは人生、暗黒というのは正しい智慧*の光のないことである。心に智慧の光のないものは、互いに会っても知り合い和合することを知らないために、独り生まれ独り死ぬ。ひとりぼっちである。ただ意味もなく動き回り、さびしさにおののくことは当然である。
「すぐれた人がたいまつをかかげて現われた。」とは、仏が智慧の光をかざして、人生に向かったことである。
この光に照らされて、人びとは、はじめておのれを知ると同時に他人を見つけ、驚き喜んでここにはじめて和合の国が生まれる。
幾千万の人が住んでいても、互いに知りあうことがなければ、社会ではない。
社会とは、そこにまことの智慧が輝いて、互いに知りあい信じあって、和合する団体のことである。
まことに、和合が社会や団体の命であり、また真の意味である。
二、しかし、世の中には三とおりの団体がある。
一つは、権力や財力のそなわった指導者がいるために集まった団体、二つは、ただ都合のために集まって、自分たちに都合よく争わなくてよい間だけ続いている団体、三つは、教えを中心として和合を生命とする団体である。
もとよりこの三種の団体のうち、まことの団体は第三の団体であって、この団体は、一つの心を心として生活し、その中からいろいろの功徳を生んでくるから、そこには平和があり、喜びがあり、満足があり、幸福がある。
そして、ちょうど山に降った雨が流れて、谷川となり、次第に大河となって、ついに大海にはいるように、
いろいろの境遇の人びとも、同じ教えの雨に潤(うるお)されて、次第に小さな団体から社会へと流れあい、ついには同じ味のさとりの海へと流れこむのである。
すべての心が水と乳のように和合して、そこに美しい団体が生まれる。
だから正しい教えは、実にこの地上に、美しいまことの団体を作り出す根本の力であって、それは先に言ったように、互いに見いだす光であるとともに、人びとの心の凹凸(おうとつ)を平らにして、和合させる力でもある。
このまことの団体は、このように教えを根本の力とするから、教団といい得る。
そしてすべての人は、みなその心をこの教えによって養わなければならないから、教団は道理としては、地上のあらゆる人間を含むが、事実としては、同信の人たちの団体である。
三、この事実としての団体は、教えを説いて在家に施すものと、これに対して衣食を施すものと、両者相まって、教団を維持し拡張し、教えの久しく伝わるように努めなければならない。
それで、教団の人は和合を旨とし、その教団の使命を果たすように心がけなければならない。僧侶は在家を教え、在家は教えを受け教えを信じるのであり、したがって両者に和合があり得るのである。
互いに和らぎむつみあって争うことなく、同信の人とともに住む幸せを喜び、慈しみ交わり、人びとの心と一つになるように努めなければならない。
四、ここに教団和合の六つの原則がある。
第一に、慈悲のことばを語り、
第二に、慈悲の行いをなし、
第三に、慈悲の意を守り、
第四に、得たものは互いに分かちあい、
第五に、同じ清らかな戒を保ち、
第六に、互いに正しい見方を持つ。
このうち、正しい見方が中心となって、他の五つを包むのである。
また次に、教団を栄えさせる二種の七原則がある。
(一)しばしば相集まって教えを語りあい、
(二)互いに相和して敬い、
(三)教えをあがめ尊んで、みだりにこれをあらためず、
(四)長幼相交わるとき礼をもってし、
(五)心を守って正直と敬いを旨とし、
(六)閑(しず)かなところにあって行いを清め、人を先にし、自分を後にして道に従い、
(七)人びとを愛し、来るものを厚くもてなして、病めるものは大事に看護する。
この七つを守れば教団は衰えない。
次に、
(一)清らかな心を守って雑事の多いのを願わず、
(二)欲なきを守って貪(むさぼ)らず、
(三)忍辱(にんにく)を守って争わず、
(四)沈黙を守って言わず、
(五)教えを守っておごらず、
(六)一つの教えを守って他の教えに従わず、
(七)倹約を守って衣食に質素であること。
この七つを守れば教団は衰えない。
五、前にも言ったように、教団は和合を生命とするものであり、和合のない教団は教団ではないから、不和の生じないよう、生じた場合は、速やかにその不和を除き去るように努めなければならない。
血は血によって清められるものではなく、恨みは恨みによって報いられるものではない。ただ恨みを忘れることによってなくすことができる。
六、昔、長災王(ちょうさいおう)という王があった。隣国の兵を好むブラフマダッタ王に国を奪われ、妃と王子とともに隠れているうちに、敵に捕らえられたが、王子だけは幸いにして逃れることができた。
王が刑場の露と消える日、王子は父の命を救う機会をねらったが、ついにその折りもなく、無念に泣いて父の哀れな姿を見守っていた。
王は王子を見つけて、「長く見てはならない。短く急いではならない。恨みは恨みなきによってのみ静まるものである。」と、ひとり言のようにつぶやいた。
この後王子は、ただいちずに復讐の道をたどった。機会を得て王家にやとわれ、王に接近しその信任を得るに至った。
ある日、王は猟に出たが、王子は今日こそ目的を果たさなければならないと、ひそかにはかって王を軍勢から引き離し、ただひとり王について山中を駆け回った。王はまったく疲れはてて、信任しているこの青年のひざまくらに、しばしばまどろんだ。
いまこそ時が来たと、王子は刀を抜いて王の首に当てがったが、その刹那(せつな)父の臨終のことばが思い出されて、いくたびか刺そうとしたが刺せずにいるうちに、突然王は目を覚まし、いま長災王の王子に首を刺されようとしている恐ろしい夢を見たと言う。
王子は王を押さえて刀を振りあげ、今こそ長年の恨みを晴らす時が来たと言って名のりをあげたが、またすぐ刀を捨てて王の前にひざまずいた。
王は長災王の臨終のことばを聞いて大いに感動し、ここに互いに罪をわびて許しあい、王子にはもとの国を返すことになり、その後長く両国は親睦(しんぼく)を続けた。
ここに「長く見てはならない。」というのは、恨みを長く続かせるなということである。「短く急いではならない。」というのは、友情を破るのに急ぐなということである。
恨みはもとより恨みによって静まるものではなく、恨みを忘れることによってのみ静まる。
和合の教団においては、終始この物語の精神を味わうことが必要である。
ひとり教団ばかりではない。世間の生活においても、このことはまた同様である。
第二節 仏の国
一、前に説いてきたように、教団が和合を主として、その教えの宣布という使命を忘れないときには、教団はその円周を大きくして、教えが広まってゆく。
ここに教えが広まるというのは、心を養い修める人びとが多くなってゆくことであり、いままでこの世の中を支配した無明(むみょう)と愛欲の魔王が率いる貪(むさぼ)りと瞋(いか)りと愚かさとの魔軍が退いてここに智慧と光明と信仰と歓喜とが、その支配権を握ることになる。
悪魔の領土は欲であり、闇であり、争いであり、剣であり、血であり、戦いである。そねみ、ねたみ、憎しみ、欺(あざむ)き、へつらい、おもねり、隠し、そしることである。
いまそこに、智慧が輝き、慈悲が潤い、信仰の根が張り、歓喜の花が開き、悪魔の領土は、一瞬にして仏の国となる。
さわやかなそよ風や、一輪の花が春の来たことを告げるように、ひとりがさとりを開けば、草木国土、山河大地、ことごとくみな仏の国となる。
なぜならば、心が清ければ、そのいるところもまた清いからである。
二、教えのしかれている世界では、人びとの心が素直になる。これはまことに、あくことのない大悲によって、常に人びとを照らし守るところの仏の心に触れて、汚れた心も清められるからである。
この素直な心は、同時に深い心、道にかなう心、施す心、戒を守る心、忍ぶ心、励む心、静かな心、智慧の心、慈悲の心となり、また方便をめぐらして、人びとに道を得させる心ともなるから、ここに仏の国が、立派にうち建てられる。
妻子とともにある家庭も、立派に仏の宿る家庭となり、社会的差別の免れない国家でも、仏の治める心の王国となる。
ひとりの心に上にうち建てられた仏の国は、同信の人を呼んでその数を加えてゆく。家庭に村に町に都市に国に、最後には世界に、次第に広がってゆく。
まことに、教えを広めてゆくことは、この仏の国を広げてゆくことにほかならない。
三、まことにこの世界は、一方から見れば、悪魔の領土であり、欲の世界であり、血の戦いの場であるが、この世界において、仏のさとりを信じるものは、この世を汚す血を乳とし、欲を慈に代え、この世を悪魔の手から奪い取って、仏の国となそうとする。
一つの柄杓(ひしゃく)を取って、大海の水を汲み尽くそうとすることは、容易ではない。しかし、生まれ変わり死に変わり、必ずこの仕事を成しとげようとするのが、仏を信ずるものの心の願いである。
仏は彼岸に立って待っている。彼岸はさとりの世界であって、永久に、貪(むさぼ)りと瞋(いか)りと愚かしさと苦しみと悩みとのない国である。そこには智慧(ちえ)の光だけが輝き、慈悲の雨だけが、しとしとと潤している。
この世にあって、悩む者、苦しむ者、悲しむ者、または、おしえの宣布に疲れた者が、ことごとく入って憩(いこ)い休らうところの国である。
この国は、光の尽きることのない、命の終わることのない、ふたたび迷いに帰ることのない仏の国である。
まことにこの国は、さとりの楽しみが満ちみち、花の光は智慧をたたえ、鳥のさえずりも教えを説く国である。まことにすべての人びとが最後に帰ってゆくべきところである。
四、しかし、この国は休息のところではあるが、安逸(あんいつ)のところではない。その花の台(うてな)は、いたずらに安楽に眠る場所ではない。真に働く力を得て、それをたくわえておくところの場所である。
仏の仕事は、永遠に終わることを知らない。人のある限り、生物の続く限り、また、それぞれの生物の心がそれぞれの世界を作り出している限り、そのやむときはついにない。
いま仏の力によって彼岸の浄土に入った仏の子らは、再びそれぞれ縁ある世界に帰って、仏の仕事に参加する。
一つの燈(ともしび)がともると、次々に他の燈の火が移されて、尽きるところがないように、仏の心の燈も、人びとの燈に次から次へと火を点じて、永遠にその終わるところを知らないであろう。
仏の子らも、またこの仏の仕事を受け持って、人びとの心を成就し、仏の国を美しく飾るため、永遠に働いてやまないのである。
第三節 仏の国をささえるもの
一、ウダヤナ王の妃シャマヴァティーは、あつく世尊に帰依していた。
妃は王宮の奥深くにいて外出しなかった。侍女のウッタラーは、記憶力がよくて、いつも世尊の法座につらなり、教えを受けて世尊のことばのとおりを妃に伝え、これによって、妃の信仰は、いよいよその深さを増したのであった。
第二の妃、マーガンディヤはシャマヴァティーをねたんでこれを殺そうと企て、ウダヤナ王にいろいろ中傷した。ついに心を動かした王は、シャマヴァティーを殺そうとした。
そのときシャマヴァティーは、従容(しょうよう)として王の前に立ったが、王は妃の慈悲に満ちた姿に打たれて矢を放つこともできず、ついに心が解けて、妃にその粗暴なふるまいをわびた。
マーガンディヤは、いっそうの怒りを増して、ついに王の留守の間に、悪者と謀(はか)ってシャマヴァティーの奥殿に火を放った。妃はあわて騒ぐ侍女たちを教え励まして、驚きも恐れもせずに、世尊の教えに生きながら従容として道に殉じた。ウッタラーもまた、火の中で死んだ。
シャマヴァティーは、在家の信女のうち慈悲第一、ウッタラーは多聞(たもん)第一としてたたえられた。
二、釈迦族の王、マハーナーマは世尊のいとこであるが、世尊の教えを信ずる心が至ってあつく、誠を尽くして帰依する信者であった。
コーサラ国の凶悪な王、ヴァイルーダカ王が釈迦族を攻め滅ぼしたとき、マハーナーマは出ていって王に会い、城民を救いたいと願ったが、凶悪な王が容易に許さないのを知って、せめて自分が池の中に沈んでいる間だけ、門を開いて自由に城民を逃げさせて欲しいと頼んだ。
王は、人間の水中に沈んでいる間だけのことなら、わずかな時間であるからと考えて、これを許した。
マハーナーマは池に沈み、城門は開かれ、人びとは喜んで逃げ延びた。しかし、いつまでたってもマハーナーマは浮かび上がらなかった。彼は池に入って髪を解き、柳の根に結びつけ、自らを殺して人びとを救ったのであった。
三、ウトパラヴァルナー(蓮華色)は神通第一の比丘尼(びくに)であって、マウドガルヤーナ(目蓮)に比べられる人であり、多くの比丘尼を引き連れて常に教化し、比丘尼の中のすぐれた指導者のひとりであった。
デーヴァダッタ(提婆達多だいばだった)がアジャータシャトル(阿闍世あじゃせ)王をそそのかして、世尊に対して反逆を企てたが、後、王が世尊に帰依してデーヴァダッタを顧(かえり)みないようになり、城門に至ったがさえぎられて入ることができず、門前にたたずんでいたとき、おりから門を出てくるウトパラヴァルナーを見て、にわかに怒り出し、その大力にまかせてこぶしをあげて頭を打った。
ウトパラヴァルナーは痛みを忍んで僧坊に帰ったが、弟子たちの驚き悲しむのを慰めて「姉妹よ、人の命ははかられない。ものみなすべて無常であり、無我である。さとりの世界ばかりが、静かであって頼るべきところである。努め励んで道を修めるように。」と教え、静かに死についた。
四、かつて殺人鬼として、多くの人びとの命をあやめ、世尊に救われて仏弟子となったアングリマールヤ(指鬘しまん)は、その出家以前の罪のために、托鉢の途上で、人びとの迫害を受けた。
ある日、町に入って托鉢し、恨みのある人びとに傷つけられて、全身血にまみれながら、やっと僧坊に帰って、世尊の足を拝して喜びのことばをのべた。
「世尊、わたくしはもと、無害という名でありながら、愚かさのために、多くの人の命を損ない、洗えども清まらない血の指を集めたために、指鬘(しまん)の名を得ましたが、
いまでは三宝に帰依してさとりの智慧を得ました。馬や牛を御(ぎょ)するには、むちや綱を用いますが、世尊は、むちも綱もかぎも用いずに、わたくしの心をととのえて下さいました。
今日わたくしは、わたくしの受けるべき報いを受けました。生も願わず死も待たずに、静かに時の至るのを待ちます。」
五、マウドガルヤーナ(目蓮)はシャーリプトラ(舎利弗)と並び称せられた世尊の二大弟子のひとりであった。世尊の教えが水のように人びとの心に浸みこむのを見て、異教の人びとがねたみを起こし、いろいろな妨げをした。
しかし、どんな妨げも、まことの教えの広まってゆくのをとめることはできないで、異教の人びとは、世尊の手足をもぎ取ろうとして、目蓮をねらった。
一度ならず二度までも、その人びとの襲撃を避け得た目蓮も、ついに三度めに大勢の異教者に取りまかれて、その迫害を受けることとなった。
目蓮は、骨も砕け肉もただれ、暴虐の限りを静かに受け忍んで、さとりの心に何のたじろぎもなく、平和な心で死についた。