山口新聞記者湊孝典殿机前あつく御礼申し上げます九拝
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前のエントリーに掲載した冗長なる駄文を添削いただいて簡潔に美しく体裁をお整えいただき紙面へご掲載くださいました有難きお骨折りのご恩に謹んで衷心より感謝とお礼申し上げる次第です。令和3年2月20日豊岳正彦拝
第1回 1月7日
あけましておめでとうのあいさつは大みそかの夜が明けて陽が昇る日の出とと もに新年の元日が始まる意味です。元旦の旦の字は日の出を形で表しこれは大昔 から続く月の暦、すなわち太陰暦の日本語言霊です。 明治6年、明治新政府 は月齢で数える旧暦太陰暦から西洋の1日24時間で真昼を正午12時と定め、12時間 後の真夜中に日付が変わる新暦太陽暦に切り替えました。以後、真っ暗な24時 ちょうどに12月31日から1月1日が始まり深夜でも「あけましてお目出度う」と言 い合う一風変わった元旦の始まり方になりました。 近年はどこの神社も元 日午前0時から初もうでに殺到して参拝客がごった返しますが、これは明治6 年、国全体が太陽暦になってからの出来事で、もともと太陽暦の西洋諸国から見 ればこの新暦と旧暦を折衷した日本文化は意味不明の奇習にも見えるでしょう。 昨年はコロナ禍のため全国で人出の密集回避が呼び掛けられました。新年 のこの原稿は旧年中に書いています。真夜中に初もうでも出られないコロナ禍ゆ え正月の昼中にぼちぼちと初参りをする心算ですが、鬼が笑うかも。皆で焙じ茶 を飲んで塩味鍋を囲む江戸時代のような正月の一家だんらんで、八百万の神様の おかげさまを頂き、地球の邪と魔のコロナ風邪を、塩を撒いてすべてはらい清め ましょう。(岩国市、豊岳小児科医院院長)
第2回 1月14日
もういくつ寝るとお正月。夜寝て陽が昇って夜が明けたら元旦まで幾夜だろうと いう数え方ですから、旧暦の日めくりは実際は夜の月めくりだったということが 分かると思います。これは日を数える時、現在の太陽暦の0時から24時までの一 日ではなく一夜をもって数えるということです。「もういくつ寝ると」の言霊が これを表しています。 また旧暦の四季とは春が睦月、如月、弥生。夏が卯 月、皐月、水無月。秋が文月、葉月、長月。冬が神無月、霜月、師走のことで節 分が旧暦の元旦、すなわち節分から28日間がお正月になります。太陰暦の正月は 冬から春へと季節が変わる分かれ目の節分を元旦とするので「あけましておめで とう」の言霊が初春のお慶び申し上げますとか、賀春とか新しい一年の最初の春 の到来をことほぐ言霊になるのです。 太陽暦では1月は31日ですが節分を元 旦とする旧暦太陰暦では、ひと月が月齢の28夜です。春の七草はセリ、ナズナ、 ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロですが今の1月7日にはそ ろわないのは実は1カ月早いからです。 月の暦の太陰暦は、地球のあらゆる 生物の自律神経調律体内時計と正確に一致しています。ということは旧暦の年 齢、すなわち数え歳が全ての生命ある生物の一生の正しい歳と齢とを表すのです。
第3回 1月21日
祝日法で日曜日以外に国民全員が時間仕事をしないで休む国民の祝日が定め てあります。年の初めの1月は三が日を除くと一年で最初の国民の祝日、成人の 日があります。日本では法律上20歳の誕生日が成人ですが、なぜ1月に成人の日 が日本だけ国民の祝日なのでしょうか。旧暦ではこの世のすべての存在について 誕生日が0歳ではなく1歳です。この世に生まれて最初に迎えた節分の日、すな わち元旦に2歳になり、その後はすべての存在が元旦に歳を重ねていくのです。 これが「正月は冥土の旅の一里塚」の言霊です。すべての生物は生老病死を もって一生とします。人でいえば、赤ちゃんで生まれて抱っこされる乳飲み児か ら言葉を覚え、一人で立ち上がって歩き始めると大人と同じ生活を送る子どもに なり、数え年14~15歳の元旦に元服式を行って一人前の大人と認められるのです。 すべて旧暦のスケジュールですが、旧暦には日曜も祝日もなく七曜日も一週 間もなく、その上で旧暦では元旦にいっせいに年を取りますから、明治六年に採 用した西洋諸国と同じ太陽暦において、言霊の言葉を皆が話す日本の国だけ、一 年の最初の1月に成人の日が祝日という国民の休日に定められたという経緯で す。 次はこの世で草木国土、すべての存在の年齢が旧 暦に従うお話をしま す。
第4回 1月28日 歳月としつきの言霊
木の樹齢を測るのに年輪を数えます。年輪は春夏秋冬をひと巡りごとに一つずつ 刻まれます。この四季は月の暦の太陰暦、すなわち旧暦です。旧正月は今の太陽 暦の2月だから今の1月は旧暦では冬の盛りなので1月に大寒があり2月に啓蟄 があるのです。旧暦で四季は花鳥風月と表します。 枕草子では旧暦で四季の移 ろいを書き著しています。年輪線も冬に木の幹は成長せず、密度が高まり春に なって幹が活発に成長して年輪線と線のあいだの密度が薄くなる。こうして花鳥 風月ひと巡りごとに一本の年輪線が樹齢として木の幹に刻まれるのです。 大 地には地層があるように地層の年齢も花鳥風月ひと巡りで樹齢と同じように重ね られていくのです。地球上の生物も無生物もすべて年齢は歳月に従うのです。こ れが歳月、すなわち年齢の本当の言霊です。月の暦は地球の自転をもって一夜と 刻んで、ひと月夜と数えます。太陽暦は地球の公転をもって1年365日と定 めて1日を24時間に、1分を60秒に分けて時計を作りました。太陽暦の時間で年齢 を計るのは唯一人間だけですね。 地球上の万物に重力が働いています。最も 大きな重力は地球であり、次いで月、そして火星までの惑星の重力、太陽の重力 です。この世は天地の重力、すなわち天地の「気」に満ちているのです。
第5回 2月4日 「気」の言霊
病気と元気の「気」とは何の「気」でしょう か。気持ちや気分の気ではありません。天気や大気や空気や気合や気功や合気の 「気」なのです。地球上の万物には一瞬も休みなく目に見えない重力が働いてい ます。 不可視の重力線は可視光線と同じく空間を直進すると考えられます。 地球は球体だから中心部から真っすぐ重力線が出てそれが地上の万物を重さと遠 さに比例する大きさの引力、すなわち重力で地上の万物を地球の中心へ向けて引 き寄せています。そして地上の万物に掛かる重力の大きさは場所により異なりま す。地球は南北極点を結ぶ直線軸を中心に自転します。自転に伴い地上の万物に 外向きの遠心力が働いて内向きの重力の効果を打ち消すので赤道直下で重さを 量ったら極点で測るより軽いのです。 この重力線が大地の「気」の正体で す。さらに万物は月や惑星や太陽から外向きの重力、すなわち天の「気」も受け ます。また地球の中心からの距離が遠くなるほど地球の重力は小さくなります。 富士山頂で重力が地上より小さくて呼吸する大気が希薄になり低酸素脳症の高山 病になるのが酸素分子も場所による重力変動を受ける実例です。 目に見え ない分子サイズのウイルス微粒子が地球の自転と重力で生じた大気の流れ。風に 乗って飛んでくる風邪という病気の「気」なのです。
第6回 2月11日 大黒柱手伝いの言霊
真っすぐな引力線の大地の気を全身に受けて一生を送る地球生物は植物と動物に大別されます。動物は骨に付いた筋肉を収縮させて動く生物であり、虫などの外骨格生物と鳥獣魚類の内骨格動物に大別できます。
内骨格動物の身体構造はほぼ同じで骨も内臓も外臓も人と動物の間に基本的な違いはありません。強いて骨の違いを挙げれば尾骨が人は1個で動物は複数の尾骨が連関節している点だけです。
同じ内骨格動物哺乳類の人とそれ以外の哺乳動物を分ける一番の相違は走る時の体の使い方、すなわち二本足で走るか四本足で走るかです。猿も四本足です。
すべての地表動物が動くとき、全身の分子の一つ一つに至るまで身体すべてに大地の「気」、重力線が引力として働きます。動物は常に引力にあらがって骨に付いた筋肉の収縮で関節を動かして立ち上がり、四肢全部を動かして生きています。動物が動く時も動かない時も生きている限り身体の大事な中心は一口にまとめて背骨と呼ぶ脊椎なのです。
動物の身体を材木と土紙壁と瓦草木皮屋根の伝統建築に例えるなら、背骨が大黒柱です。大黒柱が引力を全て引き受けて耐震能力が強まり、近代ビルが倒れた震災でも倒れぬ法隆寺五重塔が大黒柱、法隆寺建造の手仕事を親方から弟子の手に伝えた手伝い、の言霊です。
第7回 2月18日 津波てんでんこ
13日深夜、福島沖で大地震が発生し、震度6強の揺れが日本列島の大地を
揺 るがせました。10年前の東日本大震災と異なり津波はありませんでした
が、福 島県いわき市にお住まいの知人の話では今回は横揺れだったそうで
す。日本列島 は火山脈の上に形成されているので津波の巨大なエネルギーは
人知や人力ではど うにも防ぐことができません。 海沿いで大地震が起これ
ばすぐに大津波が押 し寄せることを先祖代々の言い伝えで知っていた先人
が、津波の際に命を守るた めには一人ひとりができるだけ早く高台に駆け
上って津波を足下でやり過ごすし か方法がないことを短い日本語で表した言
葉が「津波てんでんこ」です。互いに 大声で叫び交わし、親子でも手を離し
て、ばらばらに早く山へ、高台へ駆け上 れ、という教えです。自分が死ねば
どんな親切も親孝行もできなくなってしま う。生きて親切にするために津波
の時には、それぞれが独力で自分の命を守りな さいと全ての人に教える親心
の言葉が津波てんでんこなのです。 ですから現 在のように新型コロナウイ
ルスのパンデミックで家に閉じこもっていても地震が あって津波が来ると察
知したら一刻も早く家を出て、自分の手足を使い切って高 台に駆け登って生
き延びて下さい。それが皆さんの親御さんの心からの願いなの です。
最終回 2月25日 国家安康の言霊
原初、生命は海を母胎として父なる太陽の光が降 り注ぐ地表の浅海中に生じました。人は誰もが父親と母親の間に子として生ま れ、元服成人して人の親となります。「親思う心にまさる親心」(吉田松陰)。 「味噌汁は命育む母の手よ 焙じ茶番茶は父の楯也」(私作)。戦国の覇者、織 田信長、豊臣秀吉、徳川家康は海山が広がる中部地方の生まれですが天寿を全う し国を安らげたのは家康です。 東海は海の幸の塩と山の幸のお茶が鎌倉時代 から栽培されていました。塩は身体を温めて動物が元気に動く活力の源です。お 茶の葉のカテキンはあらゆるウイルスを身体の内外で消毒不活化します。3人の うち幼児期、天然痘にり患して死にかけたのは家康ですが、乳母が己を捨てた親 心で懸命に看護したおかげで無事回復しました。元服できた家康は、死ぬまで乳 母が施してくれた親心の深い恩を忘れず、報恩感謝の心で15代250年間戦をや め、天下万民を安んじた徳川幕府の祖となりました。 子孫の我々も神君家康 権現ご先祖様に学び習って塩とお茶の山海鍋を囲む和やかな団らんで一家全員康 (すこ)やかに、日光をたっぷり浴びて屋外で元気に働く勤勉な晴耕雨読で互い に親切し合い感謝し合って、島国日本から地球国家を安んじましょう。家康やか にして国安らぐ。
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写真8枚御転送下さいました竹腰藍様に謹んで御礼申し上げます。
令和三年二月二五日 豊岳正彦九拝