拈華微笑 南無父母不二佛

何でも仏教徒として思いついたことを書きます

薩摩富士開聞岳伊勢エビ荘と玖珂いろり山賊桃李庵

1月11日玖珂山賊桃李庵にて岩国小児科医会新年会を開催して山賊名物の皇牛料理と美酒を堪能させていただきました。ありがとうございます。


起源は広島市的場町の的場大学さんが昭和44年玖珂に公家七輪といろり山賊を開業したのが日本一山賊の旗揚げだそうです。



1月14日母のふるさと鹿児島県南九州市(揖宿郡)頴娃町別府の番所長崎鼻に昭和40年頃開業した伊勢エビ荘に立ち寄って伊能忠敬絶景の碑のほとりから薩摩富士開聞岳の絶景を母と和泉市在住の叔母と3人で眺めて参りました。

今し方鹿児島から帰ってまいりました。1月15日午前3時の午前さまです。


母を乗せて母の故郷鹿児島へ祖母が産んだこどものうち残っているのは娘4人だけで母が長女です。


コースは出水市から知覧町松ヶ浦頴娃町別府水成川番所長崎鼻の伊勢エビ莊です。


伊勢エビ莊は開聞岳を眺めるに伊能忠敬も絶賛した絶景の海岸に建てられ、
創始者西村知治氏は番所小学校で母(岡村)悦子と同級生であり、
母が父正道と結婚後こどもを連れて鹿児島を訪れたときに西村氏と父正道がおおいに意気投合して伊勢エビ莊建設に株を購入する出資をしたという縁があります。
私幼少時には伊勢エビを毎年配当として送って頂いたことが懐かしいです。
父も逝き西村氏も逝き伊勢エビ莊は娘の知子氏が細腕繁盛記で受け継いで現在知子氏の長男次男が亭主となって大繁盛はさながら山賊の如し。


今日(もう昨日)昼に行ったときは車も人も立錐の余地が無いほどで、実は鹿児島へ行く途中山賊に用があって寄ったとき伊勢エビ莊の話をして山賊のパンフを置いてきて宣伝してやると勝手に申し出て、
伊勢エビ莊始め鹿児島のあちこちに山賊のパンフをばらまいて宣伝してきました。
今度は逆に伊勢エビ莊の宣伝をしたいと思ってパンフを呉れといったらなかったのでホームページをご紹介しました次第です。


山賊と伊勢エビ荘は長周の日本一と薩摩の日本一同士の名店薩長同盟であると考えて我がブログにてご紹介した次第です。


そのうち追々追記するつもりですが、1月も残り少なくなったので取り急ぎ猫背でアップしました。


南無父母無二佛 拈華微笑





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平成31年1月31日朝仏教聖典より写経「洗心の行」
楞迦経・パーリ、増支部4-186・法句経1,2,17,18・首楞厳経
・・・
 生も死もただ心から起こるのであるから、迷いの生死(しょうじ)にかかわる心が滅びると、迷いの生死は尽きる。


 迷いの世界はこの心から起こり、迷いの心で見るので、迷いの世界となる。
心を離れて迷いの世界がないと知れば、汚(けが)れを離れてさとりを得るであろう。


 このように、この世界は心に導かれ、心に引きずられ、心の支配を受けている。
迷いの心によって、悩みに満ちた世間が現われる。


 すべてのものは、みな心を先(せん)とし、心を主(あるじ)とし、心から成っている。
汚れた心でものを言い、また身で行うと、苦しみがその人に従うのは、ちょうど牽(ひ)く牛に車が従うようなものである。


 しかし、もし善い心でものを言い、また身で行うと、楽しみがその人に従うのは、ちょうど影が形に添うようなものである。
悪い行いをする人は、この世では悪い行いをしたと苦しみ、後の世では、その悪い報いを受けてますます苦しむ。


 善い行いをする人は、この世において、善いことをしたと楽しみ、後の世では、その善い報いを受けてますます楽しむ。


 この心が濁ると、その道は平らでなくなり、そのために倒れなければならない。
また、心が清らかであるならば、その道は平らになり、安らかになる。


 身と心の清らかさを楽しむものは、悪魔の網を破って仏の大地を歩むものである。
心の静かな人は安らかさを得て、ますます努めて夜も昼も心を修めるであろう。



南無釈迦牟尼佛
南無阿弥陀佛
南無大日不動薬師如来
南無十方三世一切諸仏諸尊母薩摩訶薩摩訶般若波羅密
南無父母無二佛

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